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地味だけど投資に効く物価

地味だけど投資に効く物価

今回は、物価についてお話をいたします。市場では、活発に議論される国内総生産(GDP)や雇用統計などに比べて、物価は地味な扱いです。しかし、物価は、外国為替相場や株式相場だけでなく、人々の生活にも大きな影響を与える重要な存在なのです。

インフレは国民の重要な関心事

「インフレ」という言葉は、長らく悪いイメージに受け止められてきました。第1次大戦後のドイツのハイパーインフレに関しては、パン1個を買うのに荷車に札束を積んでいく写真が、確か中学校の教科書に載っていました。また、終戦直後の日本でも、お金では食糧が買えず、着物と物々交換だったとの話を聞いたことがあります。そのため、インフレは国民を苦しめるもので、悪い経済現象だとのイメージがあります。

ところで、インフレは、継続的に物価が上昇する現象です。ここで物価は、米やパンといった個別の商品の価格ではなく、国内にある商品を全体としてみた時の価格です。ハイパーインフレは、この物価が、1年で2倍とか3倍になる現象です。

ブラジルのインフレ率

もっとも、そんな物価の高騰にいたらなくても、消費者は物価の上昇に敏感です。物価は、生活水準に直結しているからです。チーズやバターなど一部の商品の値上がりならば我慢もできますが、商品全般が値上がりすると(=物価が上がると)、家計のやりくりが大変になります。

ただ、そのやりくりも続かなくなると、消費者の不満が、政治や行政に向かう場合は少なくありません。物価が上がるのは政策の失敗であるとして、大衆が政権を揺るがすことさえあります。

実際、ブラジルでは、リオデジャネイロ・オリンピック(2016年8月)を前に、300万人規模の反政府デモが起こりました。政権中枢の汚職疑惑により、ルセフ大統領(当時)は弾劾されましたが、その背景には経済の悪化があります。問題の一つは、インフレ率(物価上昇率)の急上昇でした。ブラジルの2012年のインフレ率は前年比5%台の上昇でしたが、その後インフレ率が加速し、2016年1月には10.7%に達しました。これが国民生活を悪化させ、政府への批判が急速に高まったのです。

物価を上げる政策

物価を上げる政策

このように、物価は国民生活に直結する課題ですから、物価の安定は国の重要な政策課題になります。多くの国では、中央銀行がその政策のかじ取りをします。それゆえ、中央銀行は物価の番人と言われます。

ただ、「番人」という言葉からは、「何かをある場所にとどめておく」、あるいは「何かを抑え込む」というイメージを受けます。すなわち、中央銀行が物価の番人であるということは、中央銀行は物価の上昇から国民を守る(インフレを許さない)という使命を帯びているというイメージです。

ところが、いま日本の中央銀行である日本銀行(日銀)は、物価を抑えるのではなく、物価を引き上げる政策を取っています。日銀が2013年4月に開始した量的質的金融緩和政策(QQE)、さらに2016年1月に導入したマイナス金利政策がそれです。日銀が国債を買い取り、あるいは一部の金利をマイナスにすることで、民間銀行を通じて、お金を市中に流れやすくする政策です。これにより、お金を使う人が増えれば、物の値段が上がるはずだということです。

もっとも、日銀は、人々がお金を使って物を買うから物価が上がるということではなく、お金がじゃぶじゃぶと出てくるならば、人々はいずれ物価が上がると予想するから、本当に物価が上がるということを狙っています。

デフレの怖さ

そこまでして物価を引き上げようとしているのはなぜか? 実は、物価が上がらないことが、経済を害するからです。インフレは、インフレーション(膨張”inflation”)の略語であり、継続的に物価が上昇する現象でした。これに対して、デフレという言葉があります。これは、デフレーション(収縮”deflation”)の略語であり、継続的に物価が下落する現象です。

インフレが加速すると、必要な物の値段が高くて買えなくなるために、生活が苦しくなるということはすぐに分かります。スーパーマーケットに行っても、気がめいります。一方、デフレは、物の値段が下がるのですから、消費者にとっては財布にやさしい状況です。スーパーマーケットに行っても、買い物が楽しくなります。しかし、そこに悪魔が潜んでいます。

物価が下がると、商品の値段も下がりますから、お店の売上は減少します。また、その製品を製造している企業も価格を下げなければならないので、前の年と同じだけの量を製造販売しても、利益は減少します。そうなると、工場で働いている従業員の給与は上がらず(ボーナスは減り)、あるいは工場が閉鎖されてリストラされるかもしれません。当然、働く人の生活は以前より苦しくなりますから、彼らは一段と安い物を買おうとします。そこで、お店は値段を下げますから、お店の売上がさらに減り、製品を作っている企業の利益が減り、従業員の所得はさらに減ります。

これがデフレスパイラルです。いったん、物の値段が下がるデフレ状態になると、先述のような流れ(デフレスパイラル)からは、容易に脱出することができなくなります。その結果、国の経済全体が停滞し、さらに国の経済規模が縮小することもありえます。

実は、デフレスパイラルから脱するのが難しいのは、みんなが正しい行動をしているからです。デフレ経済では、家計はできるだけ安い物を買おうとし、お店は顧客を集めるために価格を下げ、また企業は製品価格を上げないために製造コストを下げようとします。そうなると、従業員の給料は上がりませんから、従業員はできるだけ安い物を買って生活を守ろうとします。これが、さらに、お店の安売りにつながっていきます。

このように、デフレになると、みんなが合理的な行動を続けることで、結果的に日本経済全体が停滞(あるいは縮小)するという悪い結果がもたらされます(これは、「合成の誤謬」とも言われます)。これが、デフレの本当の怖さです。

期待インフレが大事

このスパイラルから脱するためには、当然ですが、物価が上昇することが必要です。日本政府と日銀はその物価の目標を2%としています。このとき大事なことは、国民全体が、物価は上がると予想するようなムードをつくっていくことだと言われています。この予想は、経済学では『期待』と呼ばれます。現在のインフレ率ではなく、将来にわたって物価が上がるという予想をみんながすることが大事です。すなわち、期待インフレ率を、プラスの方向に引き上げることが重要だということです。

例えば、消費者が1年後に物価は2%上昇すると予想するようになれば、消費者は値上がりする前に勝った方が得だと考えるでしょう。その結果、消費者は買い物に出掛け、消費は増えます。買い物客が増えれば、無理をして値下げをする必要がなくなります。製品が売れれば企業は従業員の給与を引き上げ、新しい人を雇うでしょう。その結果、国民経済全体が好転します。

ただし、家計(個人、消費者)から見れば、物の値段が上がるだけなら、生活が苦しくなります。そうなると、また安物買いに走り始めます。これをやめてもらって、デフレスパイラルから脱するためには、物価の上昇に見合った分だけ、給与が上がる必要があります。そうなれば、バーゲンセールに走ることもなくなるでしょう。したがって、企業やお店がもうかったならば、それを従業員の給与に反映させることが大事になります。

株式市場で、「春闘」と言われる賃上げをめぐる労使交渉が注目されるのは、このような背景があるからです。順調な賃上げがあれば、物価上昇があっても家計は前向きな消費や住宅投資ができるからです。もちろん、賃上げによる所得の上昇は、日本のGDPの6割を占める個人消費を拡大することで、景気回復にも直結します。

さて、つぎに金融の観点から物価を見ましょう。ここでは、「実質金利」をご説明します。これは、次の式で求められる金利です。

 実質金利=名目金利-インフレ率・・・(1)

名目金利は、例えば銀行のポスターに書いてある金利であり、私たちが実際に目にする金利です。また、インフレ率は、総務省統計局が毎月末近くに「消費者物価指数」として発表します。一方、実質金利は、概念上のものであり、資料等に掲載されているものではありません。名目金利と物価との関係から導き出すものです。以前ご説明した、名目GDPと実質GDPの関係と同様です。

実業の世界では、実は、名目金利よりも、実質金利に注目しているはずです。例えば、(A)名目金利が1%と低くとも、物価の伸びがゼロならば、企業はその金利負担が重く感じられるでしょう。一方、(B)名目金利が5%と高くとも、物価が7%上がるのならば、企業は高い金利でお金を借りても、事業で利益を上げやすいと言えます。金利以上に、製品価格が値上がりするからです。この二つのケースを、(1)の式で計算すると、

(A) 実質金利=1.0%(名目金利)-0.0%(インフレ率)=1.0%
(B) 実質金利=5.0%(名目金利)-7.0%(インフレ率)=-2.0%

名目金利を比較すると、A(1%)はB(5%)より低いのですが、実質金利ではA(1%)がB(-2%)よりも高くなっています。実質金利が低い、Bの状況の方が、ビジネスには好都合です。したがって、実質金利が経済活動では重視されるとすれば、名目金利の水準だけでなく、物価動向にも注目する必要があります。

デフレでは実質金利が高い

なお、デフレ経済では、物価が下落する、すなわちインフレ率がマイナスですから、実質金利が相対的に高くなります。例えば、名目金利が1%の時、インフレ率がマイナス2%ならば、

実質金利=名目金利1.0%-インフレ率(-2.0%)=1.0%+2.0%=3.0%

デフレ経済では、金利1%でお金を借りても、物の値段が2%下がりますから、実質的に年率3%のコスト負担になります。1%の金利分と、販売する商品の2%、値下がり分を埋めるだけ利益をあげて始めて、とんとんということです。

ということになると、金利が下がっても、物価がそれ以上に下がるのならば、積極的にお金を借りる人はいないでしょう。すなわち、名目金利が低くても、実質金利が高ければ、企業はお金を借りて工場を建てたり、機械を買ったりしません。コスト負担が大きいからです。その結果、景気は停滞します。

一方、たとえ名目金利が高くても、実質金利が低ければ、お金を借りる人が増え投資が活発になり、景気は改善に向かいやすくなるでしょう。したがって、実質金利を決める物価の動きが、注目されるということです。

物価はドル円・株価に影響

物価はドル円・株価に影響

なお、実質金利は、外国為替相場を見る際にも参考になります。各国の通貨は、金利と物価の両面から影響を受けるためです。例えば、次の例を考えます。金利は5月17日現在です。

〇日本の金利と物価

  • 国債利回り(1年物):-0.169%
  • 消費者物価指数(前年比、3月):0.2%

〇米国の金利と物価

  • 国債利回り(1年物): 1.0726%
  • 消費者物価指数(前年比、4月):2.1997%

ここから、日本と米国の実質金利を求めると次の通りです。

  • 日本の実質金利=名目金利(-0.169%)-インフレ率(0.2%)=-0.369%
  • 米国の実質金利=名目金利(1.0726%)-インフレ率(2.1997%)=-1.1271%

したがって、「日本の実質金利(-0.369%)>米国の実質金利(-1.1271)」です。名目金利でみれば、日本はマイナス金利であり、米国はプラス金利ですから、日本の方が米国よりも低い。しかし、物価が日本は極めて低いため、実質金利でみれば、日本の方が米国よりも高い状況です。

この実質金利をみれば、債券投資ならば、米国よりも日本に投資した方が有利となります。これは、円買い・ドル売りにつながり、円高要因になります。

もちろん、今の時点では、この状況を織り込んでドル円相場は形成されています。したがって、これからドル円相場がどちらの方向に動くかについては、名目金利と物価の今後の動きがポイントになります。仮に、日本のインフレ率が、3月の0.2%から上昇すれば、実質金利は低下します。これは、円売りの材料になります。同時に、円相場と相関性が高い日経平均株価の上昇要因になります。ということで、ドル円相場や日本株の先行きを考えるうえで、物価動向、そして物価に対する予想(インフレ期待)が注目されるのです。

相場の徒然:インフレ率が高い国の通貨

インフレ率が高い国の通貨は下落すると言われます。物価が年率10%上昇することは、お金の価値が1年で10%下落することを意味するからです。

例えば、財布に1000円札が1枚入っているとします。1個100円のお菓子を10個買えば、財布のお金(1000円)で支払えます。しかし、1年で物価が10%上がると、お菓子は1個110円になります。財布にある1000円で、何個のお菓子が買えるでしょうか?

答えは、9個(≒1000円÷110円)です。今日は、1000円札で10個買うことができましたが、1年で物価が10%上昇したら、1年後には1000円で9個しか買えません。この意味するところは、1000円の価値がお菓子1個分(10%)だけ低下したということです。すなわち、インフレ率が高い国の通貨は下落するということです。

実際に、インフレ率が10%にまで上昇したブラジルの通貨レアルは下落しました。ブラジルでは、インフレ率が、2012年12月は5.84%でしたが、2015年12月には10.67%となり、4.83%ポイント(83%)もインフレが加速しました。この間に、ブラジルレアルは、1米ドル=2.0428レアルから同3.9640レアルまで、1.9212レアル(94%)下落しました。物価の大幅上昇の裏側で、ブラジルの通貨レアルは大きく下落しました。

ブラジルレアルとインフレ率

なお、2007年1月~2017年4月まで約10年間の月次データによれば、米ドル/レアル相場とブラジルのインフレ率の相関係数は0.73でした。前回のコラムに書きましたが、これは両者に強い相関関係があるということです。

なお、そのブラジルのインフレ率は、2016年1月の10.67%をピークに急低下し、2017年4月には4.08%となりました。ブラジルのこれまでの物価と通貨との関係でいえば、ブラジルレアルは一段と上昇してもおかしくありません。ただ、ブラジルのテメル大統領に対する期待と懸念が錯綜(さくそう)していることが、足元でのレアルの動きを鈍くしています。

ただ、将来において、この政治問題が収束方向に向かうならば、ブラジルの通貨レアルは、物価の低下を反映した動きになりそうです。

 

むさし証券チーフストラテジスト、北海道大学新渡戸カレッジ・フェロー。北海道大学を卒業後、山種証券(現SMBCフレンド証券)に入社。エクイティ・デリバティブ取引のディーラーとなり、その後、世界最大の穀物商社カーギルでの日本株運用部長、みずほ証券エクイティ部のトレーディング担当部長などを歴任。一時、ベンチャー企業の立ち上げに参画し、上場を果たした。さらに、アジア中心に海外勤務を経て現職。北大でもグローバル人材の育成を行っている。法政大学経済学修士、日本証券アナリスト協会検定会員、日本テクニカルアナリスト協会正会員。著書に、「デイトレード入門」「株式先物入門」「FX入門」「初めての海外個人投資」(いずれも日本経済新聞出版社刊の日経文庫)など。
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