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【新・相場道五十三次 第18回】GDPでみる長期投資そして新興国投資

【新・相場道五十三次 第18回】GDPでみる長期投資そして新興国投資

廣重勝彦
廣重勝彦

前回のコラムでは、景気サイクルと投資の方法について考えました。そこでは、GDP成長率が潜在成長率を中心としたサイクルがあるとご説明しました。では、その潜在成長率は、どのような理由で変化するのか。今回は、この問題と投資について考えます。

潜在成長率とは

潜在成長率は、生産の3要素をすべて活用したときに達成できるGDPの伸び率です。ここで、生産の3要素とは、資本、労働、そして生産性です。前回も述べたように、潜在成長率は、データとして取得できるものではなく、研究機関等により求められる推計値です。日本銀行や内閣府も推計しています。内閣府(経済社会総合研究所)は、現在の日本の潜在成長率を0.8%と推計しています。しかし、1980年代は今よりもはるかに高い4%台でした(図1参照)。

(図1)日本の潜在成長率推移

ところが、1990年代には0.9%(1999年)にまで急低下したのです。その後の戻りは1.1%(2003年)まで。現在まで、低い水準のままです。

潜在成長率が低下すると・・・

次のグラフ(図2参照)は、潜在成長率の低下と景気の関係を示しています。かつて、潜在成長率が高かった時、景気循環は、潜在成長率(A)と実際の成長率(A)の水準でした。実際の成長率が潜在成長率を下回る場合(不況の時期)でも、GDPの伸び自体は比較的高い水準を維持していました。

しかし、潜在成長率(B)が低下した現在、実際の成長率(B)もそれを中心とした低い水準での動きになりますから、成長率がマイナスになる可能性が高くなります。これは、「景気後退」になりやすいということです(形式的には、2期連続でマイナス成長になることを「景気後退」とみなす場合があります)。

(図2)潜在成長率の低下と景気

マイナス成長になれば、経済の規模(GDP)自体が縮小するのですから、株式市場全体(市場の時価総額)を押し下げるとの懸念が出てきます。したがって、潜在成長率の低い国の株式に対しては、リスク管理の観点から、景気の見通しがより重要になってきます。

成長率を決める要素

前回のコラムでは、景気循環の中で、今はどの局面にいるのかを想定することが、中長期での投資のタイミングをはかるうえでは重要だということをご説明しました。しかし、先ほどのグラフ(図1と図2)で明らかな通り、数年を超える投資においては、潜在成長率を見極めることがより大事になります。理論的には、潜在成長率が低下するならば、長期的な投資のパフォーマンスは低下する一方、潜在成長率が上昇するならば、長期的な投資のパフォーマンスは向上するからです。

そこで、その潜在成長率は何かを、もう少し詳しくみておく必要があります。先ほど、潜在成長率を、生産の3要素をすべて活用したときに達成できるGDPの伸びだと説明しました。したがって、潜在成長率の変化の要因は、生産の3要素である資本、労働、生産性です。

このうち、資本はは設備や機械のことです。企業が工場を拡張し、あるいは最新鋭の生産設備を設置すれば、潜在成長率の上昇につながります。労働は「労働者数×労働時間」です。ですので、労働者の人数が増え、あるいは労働時間が長くなれば、潜在成長率は上昇します。

最後に生産性ですが、これは技術進歩や効率化です。10人でしていた道路工事にブルドーザーを投入すれば、1人の運転手で同じ工事ができます。残った9人は、他の仕事に従事できます。したがって、ブルドーザーによる道路工事という技術進歩は、GDPを拡大することにつながります。

資本の低い伸び

実は、日本の潜在成長率の低下には、3要素のすべてがかかわっています。企業の設備投資の伸びが低下し、就業者数や就業時間が減り、また生産性の伸びが鈍化したのです。その要因としては、人口動態の変化が大きいと見られています。15歳から64歳までの生産年齢人口は、1995年には8,726万人に達しましたが、これをピークに減少に転じ、2015年には7,708万人と、20年間で1,018万人(11.7%)も減少しました。これはいわゆる「失われた20年」(GDPの成長が鈍化した20年)に符合します。

日本の総人口がピークを付けたのは2008年(1億2,808万人)でしたが、働くことができる人の数である生産年齢人口が、早くも1995年にピークをつけました。この事実は、経営者や消費者の心理に暗い影を落とし、人々を保守的な行動に駆り立てたのではないでしょうか。経営者は、人口が減るのなら、いずれモノが売れなくなるから設備投資を手控えようとするでしょう。消費者も、将来の社会保障への不安から、モノを買うのを手控えて、貯蓄に励みます。その結果、モノが売れず、モノの値段が下がり、デフレに陥りました。これを受けて企業は、設備投資は一段と手控え、生産要素である資本の伸びは鈍化しました。

労働や生産性も鈍化

つぎに、労働の観点では、就業者数が1997年に6,584万人でピークをつけており、2017年3月現在、就業者数は6,496万人まで持ち直したものの、労働者数も潜在成長率の上昇に寄与できない時期が続いています。

就業者数の減少だけではなく、労働時間の短縮が、潜在成長率の伸びを抑えた可能性は高いでしょう。労働者の年間での労働時間は、1987年には2,120時間でしたが、1988年の改正労働基準法の施行を受けて着実に減少を続け、2000年には1,854時間、さらに2014年は1,729時間となりました。就業規則の厳守だけでなく、パートタイマーなどの就業時間の短い就業者の割合が増えたことの影響もあるでしょう。

このような環境は生産性の伸びにも影響を与えたはずです。人口動態を懸念して、あるいはグローバル経済の不透明感を背景に、企業が設備投資や研究開発への投資を絞れば、技術進歩は後れます。また、就業者数が大きく減らなくとも、非正規労働者数の割合が増えれば、人材育成などへの企業の投資は以前よりも消極的になりやすく、生産性の伸びは鈍ると見られます。

さらに、世界的な成長の鈍化という問題もあります。米国の元財務長官であるローレンス・サマーズ氏が近年、米国経済が「長期停滞(Secular Stagnation)」に陥っていると主張しました。この件については、ここでは議論しませんが、世界的にみても、かつてのような高い成長が期待しづらく、これも日本経済に影を落としているという見方もあります。

したがって、日本の潜在成長率の低下は、政治、経済、人口動態、海外経済、そして国民の意識や心理など、さまざまな要因が重なった結果です。それだけに、たとえ政府・中央銀行でも、潜在成長率を動かすことは容易ではありません。

成長率に明るい兆し

それでは、少子高齢化が急速に進む日本では、これからも潜在成長率の低迷は続くのか?日本の政策を見ると、アベノミクスの第一の矢である金融政策はデフレからの脱却を目指すものであり、第二の矢である財政政策はもともと景気対策でした。しかし、2016年に開催された伊勢志摩サミットで安倍首相は、主要国は成長率の下支えのために財政を活用するよう促しました。ただし、財源問題が常に付きまといます。第三の矢の成長戦略こそ、文字通り潜在成長率の向上を目指すものです。ただ、成長戦略の中心となる規制緩和は、既得権益を侵すもの(痛みを伴う改革)だけに、その推進には困難が伴います。

このようなに難しい環境のなか、生産性と潜在成長率の上昇につながる、一筋の光が差し込んできました。これは、昨年から急速に広がっている新しいテクノロジーです。具体的には、人工知能(AI)やモノのインターネット化(IoT)、仮想現実(AR)やブロック・チェーン、自動運転、そしてビッグ・データなどです。たった3年前でも空想とみられていた技術が、現実の産業や生活の中に広がってきました。

これらの技術は、少子高齢化という課題を抱える日本には、福音となります。これを利用することで、潜在成長率の低下を食い止めるだけにとどまらず、新たな成長路線に軌道を戻すことができるかもしれません。したがって、このようなテクノロジーに関する企業には、投資の観点からの注目する必要があります。技術を開発する企業だけでなく、その技術を使って新しいモノやサービスを提供する企業も含めてです。それは、農業かもしれません。

このように、潜在成長率を引き上げることに寄与する企業は、長期的な観点から投資する価値がある銘柄といえます。

国内総生産(GDP)と時価総額

一国のGDPが、その国の株式市場の時価総額を決めるとの見方があります。つぎの表(図3参照)は、市場の時価総額と、その時価総額がGDPに対してどれほどの大きさかを、パーセントで示しています(=市場時価総額÷GDP×100)。「対GDP比」が100であれば、市場時価総額=GDPとなります。

対GDP比が100を超えている国・地域は、米国、日本、香港、台湾、マレーシアです。このうち香港の比率は1,000%を超えていますが、時価総額を中国本土市場と合計すれば11.3兆ドル。これは、中国の2016年の名目GDPである10.8兆ドル(74.41億元)の105%です。そうすると、市場の時価総額がGDPを大きく上回るケースはまれとさえ言えます。

実際、世界の時価総額は合計で、72.8兆ドルです(2017年4月末現在)。これは、世界のGDP合計の83%。これを見ると、時価総額は市場の時価総額の一つのめどになると見られます。

バフェット指標とその見方

実は、著名投資家のウォーレン・バフェットが、市場時価総額とGDPの関係が、投資の指標になりうると指摘しています。市場時価総額をGDPで割った数値は、バフェット指標と言われます。この指標が100を上回ると、割高感が強まると解釈されます。そうだとすると、同指標が136%の米国株式は割高となるのでしょうか。

図4:市場時価総額とGDP

これに関して、今年2月にバフェット氏は、米国株式はバブルではないと述べています。長期的に、米国経済の健全な成長(GDPの拡大)が続けば、バフェット指標から見る割高感は解消するということでしょう。

さらに、トランプ大統領のもと、歴史的な税制改正が行われようとしています。その実現性について不透明さはあるものの、例えば比較的反対意見の少ないレパトリ減税(企業の海外利益の米国への還流)が実現すれば、企業の自社株買いなどにより時価総額が押し上げられる可能性があります。そうなれば、バフェット指標の分子が大きくなり、同指標は低下します。したがって、米国のバフェット指数が136%であるのは、そのような政策の見通しを株式が織り込んでいる可能性もあります。

  • ある国の時価総額がGDPと比較して、過去の平均よりも低いといった状況ならば、株価は実体経済と比較して低いという判断で、買いを考えることができるでしょう。言い換えれば、株価が売り込まれて、バフェット指標が過去の平均から見て相当小さくなれば、それは長期的な買いのタイミングになります。
  • バフェット指標が上昇し、100になれば、どうするべきか。このとき、株価が一つのめどに到達した、すなわち極端な割安感はなくなったということ。すなわち、ニュートラルになった見るべきですが、すぐに新たなアクションを起こす必要はないでしょう
  • 100を超えればどうか。それだけで、保有株式を売るのは早すぎます。ただし、バフェット指標が100を超えていることは、どのような経済的な背景があるのかを、しっかりと理解する必要があります

この件については、先ほどは米国の例を考えてみました。日本についてもバフェット指数は109となり、100の水準を超えています。これは、トランプ政策の日本経済への波及、世界的な景気の回復基調、そして本文でご説明した新たなテクノロジーへの期待が背景にあるでしょう。さらに、アベノミクスの第三の矢として、GDP600兆円という目標が示されていることも意識されます。

相場の徒然:新興国市場への投資での応用

筆者は、この指標は先進国の株式の売買に用いるよりも、むしろ新興国市場を見るときに有効ではないかと考えています。新興国の時価総額がGDPに比較してどの程度の大きさなのかは、その国の株式市場の先行きを考える際に貴重なヒントを与えてくれるからです。

例えば、時価総額がGDPの3割程度しかない国は、経済発展を続けることで、バフェット指標が上昇してくるのではないかと推測されます。というのも、先ほどの表をみれば、先進国や経済力のある国のバフェット指数は比較的高い水準にあるからです(世界全体でも83%でした)。

実際に、多くの新興国は、経済発展(経済成長)のために必要な資金を、証券市場を通じて調達したいと考えています。新興国の企業も同様です。そのために、これらの国は、証券制度や市場を整備し、世界の投資家の参加を促そうとするでしょう。それがうまく機能すれば、投資資金が流入し、時価総額は次第に拡大していくでしょう。

筆者は、新興国でビジネスをしていた経験から、政策担当者も、時価総額の目安としてGDPを考える可能性は大いにあると見ています。そうであれば、政策担当者は、GDPに対して時価総額が小さければ、そこには制度的な欠点があるとして、それを修正しようとするはずです。すなわち、証券市場の発展度(証券制度の整備度)の目安としてGDPと時価総額の関係(すなわちバフェット指標)が使われ、それを修正した結果として時価総額が拡大していくでしょう。

したがって、新興国市場への投資を考える場合、たとえ今は発展の初期にあったとしても、堅実な経済成長をしており、証券市場の整備を強く意識していて、しかもバフェット指標が低い(GDPに対して時価総額が低い)国については大いに注目する必要があります。

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