
【新・相場道五十三次 第38回】「所与の条件」に逆らわない
先週は、北朝鮮問題の緊迫化を背景に、地政学的リスクと株式相場の関係を検討してみました。その間に、新たなニュースが流れました。衆議院の解散に関する報道です。これを受けて、株式相場は新たな動きを見せています。そこで、今回は、政治と株価について考えてみます。
国策には逆らうな
「国策には逆らうな」という相場格言があります。いまの政治が好きとか嫌いとか、政治が間違っているか間違っていないかの議論は横に置いて、国策(政策)が出れば、前向きにとらえて株式を買うべしという格言です。
相場を分析する際に、政治が悪いかどうかという話を持ち出す人がいます。あるいは、金融政策が間違っているから、投資が失敗したと語る人もいます。しかし、投資をしようとするのなら、このような態度は避けるべきです。政治論議は面白いのですが、それ自体は投資のパフォーマンス向上には結びつきません。
というのも、政治の問題を声高に訴えても、株価が上がるわけではありません。むしろ、それに気を取られていると、肝心の相場の分析がゆがんでしまいます。
投資家にとって政治は、観察するものであり、その状況を分析する対象です。投資家にとって政治は、決してその良否を訴えるものではなく、素直に受け入れるものです。「国策には逆らうな」の格言も、そのことを言っています。
経済学の議論では、「所与の条件(議論の前提として与えられた条件)」という言葉が使われますが、政治や政策は、相場にとってはまさに「所与の条件」です。それは投資家が動かせないものです。ですから、政治の状況を前提に(所与として)、自分は市場でどのようにふるまえばいいのかを考えるべきなのです。
総選挙による株価反発の意味
さて、「国策には逆らうな」の格言は、いつの時代でも、どの国の市場でも生きています。それほど政治と株式相場の結びつきは強いのです。
通常、政治は政策を通じて経済に影響を与えます。ですので、相場を考える意味では、その政策が経済や社会にどのような影響を与えるのか、あるいは与えないのかを吟味して、投資の判断をしていくことになります。
さらに直接的な方法は、政策に関連したセクターの銘柄に投資することです。報道によれば、今回の総選挙では、次回の消費税増税分について、従来は国の借金の穴埋め(公的債務の縮小)のために使われるはずだったが、それを修正し、教育の無償化や社会保障制度の見直しのために使うという方針の是非を問うようです。これは、直接的には教育等に関連する企業の株価を押し上げる可能性があります。
同時に、本来は財政債務の削減のために使われるはずの消費税増税分が、民間に還流することになることは、景気のサポートになります。消費税増税を国の債務の返済にあてれば、財政の緊縮であり、景気や物価に対して下押し圧力となります。しかし、この増税分を再び社会に還流すれば、少なくともそのような圧迫要因は後退します。このような見方も、総選挙報道を受けた日経平均株価の、上昇要因の一つでしょう。
消費税増税のトラウマ
これまで一部の投資家が消費税増税を警戒してきたのは、前回のケースが、図1のような結果となったからです。
消費税が従来の5%から8%に引き上げられたのは2014年4月1日でした。図1は日本の実質GDP成長率(前期年率)を示したものですが、消費税増税のあった直後の2014年4-6月期は-7.4%と、同1-3月期の+4.4%から急落しました。もちろん、消費税増税前の駆け込み需要の反動もありますが、ひどい落ち込み方でした。さらに、7-9月期のGDP成長率(-0.5%)もマイナスのままで、景気後退のふちにあったとも言えます。
2013年8月には68%だった内閣支持率は、景気の悪化に合わせるように低下し、2014年11月には44%まで落ち込みました(日本経済新聞社調べ)。50%を下回れば、内閣への不信感が強まったというだけでなく、安倍首相が唱える憲法改正に必要な、国民投票での過半数の賛成がおぼつかなくなる点も、政権・政府にとっては痛手だったでしょう。
このような経済状況を受けて、2014年10月30日に、日銀は追加の金融緩和を実施しました。国債等の買い取り額を従来の年間約50兆円から80兆円に、30兆円の大幅増額を決めました。また、ETFの買い入れ額も年間約3兆円に拡大しました(現在は、さらに増額して年間約6兆円)。政府も2014年12月に、地域活性化のための緊急経済対策として、3.5兆円の補正予算を組みました。
この効果もあり、同年10-12月期のGDPは+3.0%に戻し、ようやく景気減速のふちから脱しました。もちろん、株価も大きく回復しました。
ただ、このような緊急事態を招いた消費税増税は、政権にとってはトラウマになったかもしれません。安倍首相は、2016年6月には、消費税増税(8%→10%)の2年半の延期(2017年4月→2019年10月)を発表しました。
世界経済との兼ね合い
一方、社会保障費は毎年着実に増加します。高齢化により、年金受給者が年々増加するからです。この状況のなかで、20年度のプライマリーバランス(基礎的財政収支)の黒字化という政府の公約を達成するためには、消費税の引き上げを避けて通ることはできないという意見には説得力があります。したがって、消費税増税は再延期できないが、これによる景気失速を避ける方法が、教育や社会保障等への資金の還元でしょう。
一部で、解散の大儀のためにこのような方策をとったと報道されています。もし、そうであれば、ここから株式を買うのは問題があります。一方、前回の景気失速の轍(てつ)を踏まないための方策とみるならば、株式の買いにつながります。投資家は、いまは後者を重視しているとみられます。
なお、消費税を引き上げるかどうかだけでなく、消費税の引き上げのタイミングが重要です。前回の消費税増税は、世界経済の面からも難しい局面でした。図2の世界製造業指数(グローバルPMI)は、世界の製造業の状況を示しています。データは2014年9月以降ですが、その後も下降トレンドにあり、2016年2月になってようやく底入れしました。この間、世界の製造業の活動は鈍化し、世界経済の先行きに対する不透明感も次第に強まっていました。
2016年5月の伊勢志摩サミットの首脳宣言で、「世界経済の見通しに対する下方リスクが高まってきている。」と言及されたのも、このような状況があったからです。
したがって、前回の消費税増税時の景気悪化は、世界景気の回復が鈍化したことも影響したはずです。
一方、図2で最近の状況をみると、世界の製造業活動は拡大基調にあります。したがって、いまの状況ならば、消費税増税も前回ほどの厳しい影響はないとも言えます。ただ、実施までは、まだ2年あります。他方で、米国は利上げを続け、また欧州も早晩、量的金融緩和の出口戦略に入る可能性が高いでしょう。
したがって、いまから次回増税時の予想は困難です。ただ、いまの状況を前提とすればですが、消費税増税を実施しても、相場には悪影響はなさそうだと見切る向きが多そうです。これも、日経平均株価が、年初来高値を更新するのに寄与しているのではないでしょうか。
相場の徒然:海外投資家の目で見る
衆議院の解散・総選挙の報道で、相場の動きが一気に変わりました。安倍首相が具体的な発言をしないうちに、株価はこの報道に敏感に反応しています。株式相場にとって良い政策が打ち出されるかどうかではなく、現政権が継続する可能性が高まったことを好感したのでしょう。
というのも、7月以降のさまざまな政治スキャンダルにより、政権基盤が弱体化し、アベノミクスの先行きが不透明になるのではないかとの懸念が、株式相場での売りにつながっていました。とりわけ、東京株式市場のメイン・プレーヤーである外国人投資家から見れば、アベノミクスが日本の景気の改善につながったとみていたはずだからです。
安倍内閣はこれまで、デフレ脱却と経済成長の回復を目指すアベノミクスを提唱してきました。中でも、黒田日銀総裁が打ち出した異次元緩和は、事実上、アベノミクスのメイン・エンジンでした。
その結果、日本の今年4-6月期の実質GDP成長率(改定値)は2.5%と、日本の潜在成長率と言われる0.75%(推計)を大きく上回っています(図1参照)。しかも、成長率は、6四半期連続して潜在成長率を上回っています。
また、インフレ率(物価上昇率、図3参照)は、政府・日銀の目標である2.0%に遠く及びませんが、年初からはプラスを維持し、ゆっくりとですが加速しています。一部にはアベノミクスへの批判はありますが、海外から見れば、この政策が経済成長やデフレ脱却に寄与しきたと判断する向きは少なくないはずです。
だからこそ、7月以降に見られた内閣支持率の低下は、政権の弱体や政権の交代による政策の頓挫をもたらすかもしれない要因として懸念されたはずです。
図4の通り、海外投資家は7月28日(金)の週から9月8日(金)の週まで7週連続で、日本株を売り越しました。具体的には、東証1部・2部・マザーズ・名証を合わせると、この間に1兆1,473億円を売り越しました(なお、図4の棒線は、年初からの海外投資家の買い越し額・売り越し額の累計)。
ただ、足元では、内閣支持率は回復の兆しを見せていました。そのなかで、総選挙が実施されるとの報道は、これまでの不透明感を払しょくする要因として、9月19日の日経平均株価は389円高につながりました。
投資家は、安倍首相が総選挙に踏み切るのは、きっと与党勝利を確信しているからだとの期待に基づくものでしょう。その結果、いまの政策が維持されれば、これまでの株価の上昇トレンドが維持されるとの思惑による買いです。
もっとも、選挙の結果はまた別です。これは、所与の条件であり、投資家にはどうにもならないこと。したがって、相場のモメンタムは尊重しながらも、リスクに対する配慮も忘れてはならない局面でしょうね。
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