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M&Aに向き合う決断と心の動き

M&Aに向き合う決断と心の動き

前回、海外企業を買収する際に相手方企業のオーナー夫妻への「おもてなし」が決め手の1つとなったお話をさせていただきました。M&A(企業合併・買収)というシビアな交渉事においても、「気持ち」の部分が大切で、譲り受ける方が譲り渡す方の気持ちに配慮しながら、お互いの理解を深めていくことが重要である、ということですね。

それでは、会社を譲り渡す方は、どのようなきっかけで検討を開始し、どのようにその決断に至り、その決断の後にはどのような心の動きがあるものなのでしょうか。ここでは、私の「実践M&A」教室にお招きし、受講生の共感を大いに得たFさんのお話をご紹介します。

Fさんと私は1998年の夏に知り合いました。当時は、まだ珍しかった「M&Aのアドバイザーに詳しく話を聞いてみたい」ということがきっかけでした。Fさんは、大阪に家族で立ち上げた携帯電話販売会社F社の営業担当役員として約10年、30歳代のバイタリティーと、携帯キャリアやフランチャイジーとの信頼関係を武器に近畿圏で店舗網を拡げ、メキメキと業績を伸ばしていました。

「業界全体が急拡大する一方で、金融危機とそれに続く貸し渋りがあり、事業拡大のリスクが高まっている。どうしたものだろうか…」。短期間ではありますが、複数回の対話を通じて一定の信頼をいただけたと判断した私は「会社をバランスよく成長させることを期待できるパートナーを見つけてくれば、F社の経営権を手放すことを検討できますか」と問いかけました。「取引先や従業員に対する自分たちの考え方が踏襲されるならば、むしろお願いしたい話だ」と即答していただき、Fさん一族へのアドバイスが始まりました。

翌99年の1月にFさんの条件を満足させる京都の上場企業商社X社をご紹介することができ、その後はX社の迅速な意思決定もあって、4月にFさん一族はX社に株式を譲渡、F社はX社の100%子会社として再スタートを切ることとなりました。

Fさんは、その後も10年以上、X社から派遣された社長の下で役員としてF社の成長に貢献した後、創業来の部下にバトンタッチする形で退任し、4年前、50歳の節目に念願の和食料理店をオープンしました。今では情報誌やグルメ番組に頻繁に紹介される銘店2店の経営者として活躍されています。

受講生からは、「自身が興した会社を譲渡するのは、身体の一部を取られるような気持ちか、子供が巣立つような気分か、どちらに近いでしょうか」「F社の時と今を比べると、どちらが幸せで充実していますか」という質問があり、Fさんはそれぞれこう答えています。「自分が作った会社で社名に苗字も入っており「自分=会社」と思っていたので相当な寂しさを感じましたが、それと同じぐらい会社全体を以前より安全なところにもっていけた安堵(あんど)感がありました」「何を幸せとするか、という時おり妻にも投げかけられる厄介な質問ですが(笑)、F社を豪華客船に喩(たと)えると今の事業は小舟です。船頭として危険を回避し、無数の難問を解決することで人間として大きく成長できるのでは、と期待しつつ今日も小舟を操っています」。

M&Aが織り成す人生双六(すごろく)、いかがだったでしょう。次回は、今回詳述できなかった「相手探し」を中心に、話を続けます。

1990年3月大阪大学法学部卒業、同年4月日本興業銀行(現みずほ銀行入行)、同行退職後、銀行系証券、独立系M&A仲介会社、上場企業広報・IR・M&A部門責任者を経て、2016年1月ジャパンM&Aアドバイザー代表取締役社長に就任。同志社大学大学院ビジネス研究科講師を現任。
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